ことばえらび 

読んだ本 聞いた言葉 忘れられない事

旅をする木 星野道夫

夢を追いかける人はある程度周りの人を巻き込むものだ。

よく言えば恐れ知らずで勇猛果敢だけど、

悪く言えば自分勝手なところがあったり、自分中心なところがあったり。

ただ、そういう人でないと他の多くの人が成し得ないようなことはできないだろうし、

そのエネルギーや、まっすぐな思いが人を惹きつけるのだろう。

 

千葉県市川生まれの少年が北海道の自然に大きな憧れを抱き

高校生のうちに単身アメリカに船で渡り、旅をして

大学を出たらアラスカに今度は飛んでいき、

英語の点数が足らないのになんとか入れてもらったアラスカ大学を

アラスカの大自然を目の前にしたら大学でなんて過ごしてられないと途中でやめてしまう。

その後アラスカに根を下ろし、自然と向き合い続ける日々。

アラスカの自然がもっている力もあるだろうけれど、

彼の行動力は凄まじい。

普通の日本人には到底成し得ない。日本人は普通から逸脱することが怖いから。

その一方で日本人は普通じゃない、突き抜けた人に強く憧れもする。

普通から抜け出せない自分自身にコンプレックを抱いてもいるから。

だから彼は亡くなって20年以上経ってもなお人々の心を惹きつける。

 

彼の文章からはアラスカの自然、文化をいかに大切に思っているかがひしひしと伝わってくる。

こんなに好きなものに出会えて、それを共有できる家族や友人を持つ人は幸せだ。

 

アラスカの自然と過ごす中で生きる(あるいは生きのびる)ことと死ぬことは彼にとって特別なことではなくて、常に近くにあることだったのだと思う。

命の危険を感じることは何回もあっただろうが、たとえ何回あったとしても、そのうち慣れるということはなかったろう。

彼の文を読んでいて、死ぬことは特別ではないと彼が感じているような気もしたし、

一方であるときの一瞬のことで死ぬかもしれないことに恐怖を抱いているようにも感じた。

彼は’今この瞬間’に何をしたいか、何を感じるかを優先して生きてきたように感じるのだが、

一方で彼の中に描く未来ができたというか。それには家族ができたということが影響しているのかもしれない。

奥様がアラスカに来た時、お子さんが産まれた時の文を読むと彼の焦点が今この瞬間ではなくて、未来に当たっているような気がした。

 

旅をする木を書いた一年後頃に彼はヒグマに襲われて亡くなった。

テレビクルーと一緒に取材をしていた時の事故なので世の中には色々な情報が出回っている。

しかし、世の中で言われているように彼が慢心で判断ミスをしたということはない気がする。

彼は誰よりも自然の恐ろしさを身をもって知っていたということが彼の言葉の端々から感じられるから。

彼はその時何を感じたのだろうか。